2016年5月25日水曜日

熊本地震後、、、肥後六花プロジェクト始動。第1作目 肥後花菖蒲



大地が揺れることでいのちが活性したからでしょうか。それとも破壊の威力と死の脅迫によって、わたしたちが “有限の生”を悟ったからでしょうか。この春の花の輝きは格別です。

ここ数年、私はさまざまな素材で花をつくってきました。今年は年間をとおして「6つの花たち − 肥後六花」を発表します。熊本市民の皆様からいただいた着物を主な材料として大切に使いながら、女性たちのさまざまなストーリーと家族の思い出をのせ、大輪の花を咲かせようと思っています。くしくも第一輪目 − 花菖蒲の制作は震災と共にスタートしました。地震の破壊力を目の当たりにし負けてしまいそうな心を奮い立たせ、創造と対峙し、活力の再生への祈りを込めました。

肥後六花とは、かつてこの熊本の地で武士たちによって大切に育てられ、学ばれ、改良され、愛でられ、引き継がれ、守られてきた立派な花たちです。熊本の精神、つまり脈々と伝わる『HIGO(ヒゴ)-(-)PRIDE(プライド)』の象徴です。

これからもつづいていく生命と精神に感謝し、共に手を取り合い、凛と咲く花たちのようにいま立ち上がりましょう。
HIGO(ヒゴ)-(-)ROCK(ロック) ! HIGO(ヒゴ)-(-)ROCCA(ロッカ) !

2016年 5月
今田 淳子

2016年5月24日火曜日

「熊本大勝負!(肥後花菖蒲)」5月25日より熊本市現代美術館


2017年秋開催予定熊本市現代美術館開館15周年記念展第3弾「誉れのくまもと」展(仮称)のプレイベントとして、肥後六花を咲かせるプロジェクト「HIGO-ROCK HIGO-ROCCA ! (ヒゴロック ヒゴロッカ!)」いよいよ始動しました!

「熊本大勝負!(肥後花菖蒲)」

明日2016年5月25日より熊本市現代美術館で展示です。

熊本地震被災後、余震のなかの制作スタートとなった作品です。

こんな今だからこそ!凛と輝いて生きる姿を描いたつもりです。
是非、ご覧下さい。

熊本市民の方々に募集した古着物、本当に沢山集まりました。ありがとうございました。

女性たちのさまざまなストーリーと家族の思い出をのせ、制作を続けます。
夏は2作目「肥後朝顔」の発表です。




2016年3月12日土曜日

肥後六花×今田淳子 in熊本市現代美術館

熊本市現代美術館で『HIGO-ROCK ! HIGO -ROCCA! 』と題し、「肥後六花」をモチーフにしたプロジェクトを発動します!
本日の熊本日日新聞でとりあげていただきました。
エネルギッシュに「くまもとのいきる」を表現出来たらと思っています。
材料のひとつとしてみなさまの家にねむる古い着物を募集しています!美術館内に着物ポストが設けられています。連絡先を記入したメモ紙と共に袋に入れて封をして投函してください。(熊本市現代美術館☎:096-278-7500)
尚、着物は作品の一部となります。元のかたちはとどめず返却もいたしません。使用の有無は作家が決定いたします。着物を提供頂いた方は、協力者として2017年熊本市現代美術館の秋の企画展オープニングに招待されます。
主に、赤・水色・青・今・白・黄・緑・黄緑の着物。長襦袢、道行、羽織、半幅帯、袋帯などで無地・柄ものは問いません。
今回は材料提供というかたちですが、みなさまのご参加をお待ちしております!


2015年11月2日月曜日

RKKラジオ1197khよるめぐとのコラボグッズでバッグを制作しました

まだまだ間に合います。どしどしご応募くださいませ!
応募はメール、ファックス、はがきで。
詳しくはよるめぐブログhttp://blog.rkk.jp/yoru/をチェック!




これからもRKKラジオ よるめぐ聴いてください!

2015年8月3日月曜日

幼児美術教育実技研修の講師

「表現のよろこび ー造形ー」
というテーマで幼児美術教育実技研修の講師をしてきました。
私の表現と出産・育児、アートワークショップ活動、イタリアの保育園・幼稚園での活動記録など盛りだくさんな話とビニールでの実習であっという間の90分でした。
保育園・幼稚園の先生方70〜80名が参加なさっておられましたが皆さん熱心に耳をかたむけてくださいました。実習では流石!モチベーションが違います!皆がどんどん素材を触って制作を楽しみ、没頭されていました。
二日目は公開保育もあり、可愛い子供たちが熱心に制作に打ち込む様子に感動しました!
学びの多い2日間でした!!!

2015年7月1日水曜日

熊本日日新聞 小野由起子記者記事 2015年6月26日18面


小野由起子記者にはいつも美しい文面で作品を紹介いただいています。
学生の時分から私のことをご存知。成長を見守り応援してくれる貴重な存在です。ありがとうございます。

2015年6月21日日曜日

今田淳子個展 アートスペース貘サイト 元村正信 評より





 
今田淳子 個展
それは磔刑(たっけい)の十字架にさらされた人の化身か、あるいはコウモリの翼のようなものに絡まり咲こうとする花々。でなくば、子宮の告白としての血であり、そこから生まれ出ようとするものの息吹なのか。
ここには、西洋からの疎外と東洋の果てとのはざまで、長い異国での生活という時間のなかで、せめられ問われつづけた作家の、論理や理性に収まり切れない、女性の〈情欲〉といったものが極めて象徴的に吐露されては
いないだろうか。
画廊の四方の壁のひとつだけを使い、天井近くの壁に張り出し、下へ床へと流れ出すようにしつらえた黒い皮や赤い紙、布、糸、銅線といった様々な素材が織りなす、まるで神話から抜け出たかのようなオブジェからは、
習俗、血縁、その息苦しさや煩わしさゆえに、わたしたちがどこかで置き去りにしたままの〈情念〉が、
なまめかしく再来したかのようにも見えた。
じつは僕がこの20年以上、どんな作品(絵画や彫刻を含め、物の配置やそれらが置かれた空間との関係性)を
語るにせよ、さまざまな素材に沿いながらも、「インスタレーション」 という語をほとんど使わずに、むしろ
慎重に避けながら、場合によっては敢えて 「オブジェ」という古い言葉を選んで使っているのにも、それなりの理由があるからだ。
今田淳子の作品もDMの表記にしたがって言うのなら、新作の 「INSTALLATION」 というべきかも知れない。
しかし何度でもいうが、 「INSTALLATION」 と「インスタレーション」 は、異なるのだ。その差異を、
同一のものとして語るには無理がある。その齟齬を無視して粗雑に、一括りに“インスタレーション”と片付け
たくはないからなのだ。そういう平板な語りこそ、日本の、ものみな「アート化」する現在を、無批判に肯定
することにならないだろうか。
今回の今田淳子の 「INSTALLATION」 を、僕は「わたしたちがどこかで置き去りにしたままの〈情念〉」と言ったが、忘れさり葬り去った〈土俗〉の匂いさえ残存させる彼女の仕事は、わたしたちを囲い込む均質で
空虚な「アート」への批判にもなりえていると思うのだが、いかがだろう。
                                                                                     同展は6月21日(日)まで。
元村正信の美術折々より
http://artspacebaku.net/wiki/index.php?元村正信の美術折々